カッパパールンパッパー

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MINCE THE BEAT OF OVERDRIVE !!!

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恐れることはない 

最後にやったライブかな。録音源を聞くと明らかに「ノレる」というところが違うんですね。このバンドの最初のライブの方なんかを聞いても、タイトではあっても「ノレる」わけじゃなかった。この違いがでかいと思ってるんですよ。

ライブだから、ましてやコピーだから、何が求められるかって、自分は「ノレる」演奏が出来るってことを一番大事にしたいと思ってるんですよ。どれだけ本人らに近づける(音とか格好とか)とか、MCの煽りとか、いろいろ要素はあるけど、その中で一番「ノレる」演奏ができるってことを大事にしたい。あと一体感(音圧)ですね。他の要素をおざなりにしていいとは思ってないけど、これが第一優先ということは譲りたくないと思っています。

「一体感」も「ノレる」演奏も、「反応し合う」ってことがないと成立しない。先述のバンドの何が変わったかといえばそれは自分以外のメンバーが「反応できている」ということなんです。自分がバンドでノリをアプローチしているしていることには変わりない。縦ノリ・横ノリ・揺らぎ、ドラマーがいくらそれをやっても、前でプレイしているメンバーがそれに「反応」できていないと全体として縦ノリにならない。ドラマーのリズムがバンド全体に反映されない。全体でノリに「反応」し合えて、初めて見ているお客さんは「ノレる」んですよ。

ドラマーとしていろんな人とバンドを組んでライブをして、一緒に組む人によってこの差をずーっと感じてきたんですね。自分としても演奏の気持ちよさというのが違うし、お客さんのリアクションが違うんですよ。一緒に組む人には例えばプロ思考で、どれだけ志が高くても、これができてない人は中身が伴っていないと自分は感じるんです。ハートでどれだけ負けてないとしても、それが一人よがりになっていたらなんの意味もない。ライブなら、本質的にいいライブをしているかどうかが問われる。そこを真摯に突き止めてこそ、本当に志のある人と言えるんじゃないでしょうか。

「反応」してもらえなきゃ、自分が叩いたって意味ないんですよ。他のキープしかしないドラマーでいいだろうっていう。だから自分はメンバーに常に要求しているわけです。「反応」できるということを。「反応」もできないレベルのままで、自分と組んでもいいライブはできやしない。そのことをわかっていてほしい。お客さんがそこまで求めているかどうかじゃない。「見に来て良かった」と思ってもらえる最低限の基準が「ノレる」演奏に違いない。そこにはお付き合いで見に来てくれた友達だけじゃない、対バンのお客さんもいる。バーカウンターの人も、PAさんもいる。他人の演奏を聴かされる赤の他人に「見てよかった」と思われる最低限の基準だと思うんですね。

「反応」できるかどうか、それは「感性」の問題であるっていう所が自分にとってネックでした。これだと一部の才能ある人としかバンド組めないという話になる。実際、自分と同じことを思っている人の実情はそうだと思います。セッションなんていかないでしょうね。

ところが、今、それを覆すことができているという実感があるわけですよ。誰でも、あの練習法さえやれば、元々がどの程度のレベルでも、「反応」するってコトを感覚的に理解できるようになる。これまで、自分の思いに応えようとしてもどうしてもダメだった人達のことを思うと、これってすごいことだと思うんですね。

だからなんでこの人とバンド組んだの?っていうケースとかが未だにあるのは、あの練習法さえやればいいからなんです。逆に、やらなかったらどれだけスキルがあってもダメかもしれない。あの練習法をやらなくても大丈夫な人なんてごく一部だから。「やらない」って言ってきたからバンド辞めたこともある。

これやったら自分自身の感性の高まりに驚くと思う。というか、事実、あの練習法をやっている人というのは自分とバンドを組んでいなくても自発的にリアクションがある。アンサンブルのリズムを感じ取れること、音源とさえ、一緒に演奏をしているような一体感を感じること、ソロでもバッキングでも迷いがなくなること。ハシってありモタったりということに自分で気付けること。そういった感想を伝えてくる人は確実にいい演奏をするようになってきているんですね。「反応」できるというステップを越えると、どんどん「表現力」までついてくるんですよ。それはアーティストの「表現」に「反応」できているからなんですね。それまで聞いて感じ取れなかったレベルのことを感じ取れるようになって、自身のプレイに反映できるようになっていく。

今まで、グルーヴしようと思ったら、「まずはテンポを揃えてから、それから考えよう」という発想の人が思ってる以上に多い。テンポを優先することは自分からしてみれば基礎をおざなりにしたプレイといわざるを得ない。

クリック練しているという人に限って反応力がすこぶる悪い。ドラマーなんかは全くリズムのアプローチが感じられない。音粒を綺麗に揃えることだけは強いし、そのこと自体はバンドマン受けがいい。でもそれだけです。お客さん、特に楽器やらない人は感性で音を感じているから、ノリが出ていることやバンド全体で一体感があることに正直にリアクションをする。耳障りがいいだけのプレイを生演奏でするだけではお友達のお付き合い止まりだと思っています。

人は「揺れていたい」という欲求があると思う。赤ん坊が揺り篭を揺らしてもらうと喜ぶように、大人でも時々「ノリたい」っていう欲求があると思うんですね。だから、「ノレる演奏」というのは贈り物なんだと思っています。

その曲のアーティストをしらなくても、あるいはオリジナルでも、今この場のライブで手っ取り早く喜ばせるには「ノレる演奏」をしてなんぼと思ってるんですね。他にも大事にしたい要素はその人その人であると思います。歌詞の世界観、ヴィジュアル、メッセージ性、なんでもいいけど、まず「ノレる」という要素、つまり「タイム感」を基本の土台と考えてもいいんじゃないでしょうか。

大事なのはハートの前に、本質的にアプローチができているかどうかではないでしょうか。現実にいい演奏を聞かせることができないのであれば、本人がどんなにいい人で、精神的に偉大だとしても、それが伝わらないで終わるのではないでしょうか。

自分自身の表現をしっかりと伝える力を付けた上で、初めて自分自身の本質が問われる。そういうものではないでしょうか。
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